お坊さんの呼び方を教えてください

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これって、実はたくさんあって
なかなか答えるのが難しいんです。


地域や宗派によっても違うんですよ。


無難なのは、「お坊さん」だと思います。

葬儀社の方などは「先生」と呼ぶように指導されているようですが

僕はこの呼ばれ方が好きではないです。


だって、接する方のほとんどが年上なのに

先に生まれる、と書く「先生」はやっぱり変。


また、お葬式のとき、正面に座るお坊さんのことは

「お導師様」と呼ぶこともあります。


迷ったらやっぱり「お坊さん」ですね。 



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コメント(11)

はじめまして、こんばんは。
「災難をのがるる妙法にて候」といいます。

ご出版おめでとうございます。書店にて目にいたしましたらまずは手に取り読んでみたいと思います。

お坊さんをどう呼ぶとしっくりいくか?
では「ご出家さま」はいかがでしょう。

なにしろ普通の人とは違うという意味で。有る意味「異能者」的ですね。そして「ごしゅっけ」って何?どういう意味となりますから「それはね、世間との付き合いを捨て、親兄弟とも縁を断ち、妻子も持たず、酒タバコもせず、欲望も抑えて、清貧な生き方のなかで仏様になることを目指されている素晴らしい方」という意味だよ、その生き方をされているのがこの方だよ・・・という御名の呼び方がいいと思います。いかがですか?

>災難をのがるる妙法にて候さん
「ご出家さま」が妻帯してるのは日本だけじゃありませんかね
日本の「ご出家さま」は他国の本物の「ご出家さま」に対して
コンプレックスを感じないんでしょうか?
感じないんでしょうね 仕事ですもん・・家業か

ショーエンkさんの著書は図書館で読んでみました。

貧者も布施をして救われたいと思っている

というのを「ご出家さま」が高額な布施を受け取る正当な理由としておられました。
しかし貧者は本物のご出家さまにこそ布施をしたいと思っているんじゃないでしょうかね
内情を暴露、というスタンスですが、日本の「ご出家さま」の自己弁護に過ぎないように感じました。

>>太鼓さんへ。

ショーエンkさんはちょっと常識が無い人かと思っていましたが・・・考えてみると実はすごい人なのかも。

仏教界での「ぶっ壊し屋」小泉純一郎になろうとしているのかも?

仏教界の問題点を誇大表記だが世間に暴露し、ぶちまけて・・一回仏教がすたれるのを計算しているのかも・・・
すたれ落ちぶれた時に昔の「道元・栄西・法然・日蓮・親鸞・一遍」のような名僧高僧の出現をお膳立てしているのかも。

但し、落ちぶれ人気の無くなった仏教に平成の名僧高僧が現れねば・・・そのまま「形骸化=朽ち果て死に体仏教」で廃れていくしかない・・・という読みもあるのでは?

と思ったりもします。

私が「ご出家さま」と考えたのは・・・嫌味の意味です。

本当に出家してますか・・・なぜ真からの出家をしないのですか?と問う意味です。

勿論正しく「出家」され、続けている方ならなんら問題はないですが。

>災難をのがるる妙法にて候さんへ

ショーエンkさんの著書はネットの書評を調べた限りでは、結構好意的に受け入れられているようです。
確かに「ぶっ壊し屋」を自称して人気があった小泉さんと似ているかもしれませんね
ただ私が読んだ限りでは、問題の暴露も「実はこういう事情があるから仕方ないんだよ」というスタンス
であるように感じられました。

中国の歴史の中では時折ですが、その時代の政府の財政を圧迫しているという理由から大勢の僧侶を還俗
させるという政策が行われてきました。経済の目から見れば彼らは遊民に等しいというわけです
それでも彼らは一代限りのご出家さまでした。寺を家業にして稼いでいたわけではありません

私達衆生が考える僧侶の存在意義とは何でしょうか?一言で言えばそれは、救い、だと思います。
亡くなった愛しい人を救ってほしい、この辛い私の気持ちを救ってほしい、その思い
だからこそ「貧者も布施をしたい」のです。仕事として僧侶をやっている人の家族を養うためではありません。

ショーエンkさんは、貧者の気持ちを理解しているとは思えません。
理解しているのは「布施をしたがっている」というところだけでしょう
したがっているんだから貰って何が悪い?ってとこでしょうか

私達が求めているのは本当の意味でのご出家さまです
寺の経営が上手い経営者でも、家業に胡坐をかいている遊民でもありません
「それじゃ寺は成り立っていかない」というのなら、そのようなものは滅びれば良いと思います。

>>私達が求めているのは本当の意味でのご出家さまです

同感です。しかし実際にいるそうした方は、ごく少数でしょう。楽に寺を維持運営出来るシステムのお陰で。

しかし、全く居ない訳じゃないから・・・懸命に探せば、そうした御出家さまに出会えると思います。あとはそこまでする価値があるかどうか・・・自分が御出家さまを必要とするかどうかもありますね。

ショーエンkさんには悪いのですが、何か見間違えてしまっていますね。まあまだ若いので「その間違い」に気が付いてくれれば、その事は「無駄」にはなりませんが。

「受けた恩は決して忘れるな しかし施した御恩は決して忘れるな」と
禅僧一休さんは言っています(似たニュアンスで)

「受けた恩は決して忘れるな しかし施した御恩は決して忘れるな」だと意味がおかしいですね。

正確には
「受けた御恩は決して忘れるな しかし施した恩義はすぐに忘れろ」です。

>>貧者も布施をして救われたいと思っているというのを「ご出家さま」が高額な布施を受け取る正当な理由としておられました。

そうですね。考えてもみたら布施は施す側の善行なんですよね。つまりこの話題で言えば「貧者側の善行」・・・なのでご出家さま側から見れば「金額の多少」を気にしてはいけない・・・だと思います。

例え中身が100万であっても1000円であっても「有難う」の一言で同様に受け取る・・だけでしょう。中身に合わせ差を付けて優遇、冷遇する事はおかしいし。
勿論、先に「○○万円でなければ」の請求など無しで。
葬儀に引導を渡して上げるのはご出家さまの善行か功徳となるだろうし。勿論、金額の多寡にかかわらずの精神で。

上の匿名は私です。

>自分が御出家さまを必要とするかどうかもありますね。
確かにその通りだと思います。
日常生活では、そこまでご出家さまを必要とする事はないでしょうね
それを求めているのは、やはり何かで傷ついている人ではないかと思います。
私が憤りを感じるのは、その傷を癒そうとするのではなく、それを儲けにしようと
している事です。
商売として僧侶をやっている人にとっては、勝手な言い草に聞こえると思いますが・・

私も名前を入れ忘れました。上は私です

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